「眠り」は“闇”、目に快く穏やかな闇である。精神にとっては、よりいっそう快く穏やかだ。なぜなら、この闇は原因もなく、理解不能であって、「あいまいななにか」だからだ。
「失われた時を求めて」の中でマルセル・プルーストはこのように書いています。「眠り」はは身近な存在でありながら、謎に満ちた魅力を秘めています。
昔世から多くの研究者たちは、覚醒中の行動や状態の変化には興味を持ち、何か気になることがあれば、それを解明しようと試みましたが、睡眠中、ただじっと横たわっている状態には全く興味を示しませんでした。1924年にハンス・ベルガーが初めて人間の脳波を計測し、睡眠が脳の生理的活動と客観的に認識されたことで、睡眠に関する研究が脚光を浴びるようになりました。
脳波の変化により、睡眠の状態が客観視できるようになったことは非常に画期的です。筋電図や心電図、脈拍計、活動量計を用いることで、睡眠ポリグラフと呼ばれる、睡眠中の脳や体の状態変化がきちんと記録できることは、不眠症や、睡眠にまつわる不定愁訴の解消に大きく役立ちます。
しかし、その脳波の変化も完全ではないのです。脳波は脳全体の変化であって、脳のどの部分がどのように変化しているかが解らないのです。
睡眠は体内時計と恒常性維持によって制御されています。覚醒を続けていくと睡眠負債(眠りたいという欲求)が増え続けていきますが、その機構や分子実態は今だによく解っていません。以前は、脳内に「睡眠物質」という睡眠を誘導する物質が蓄積していくと考えられていましたが、現在では脳全体に均一に蓄積されるのではなく、覚醒時に多く使った領野ほど深く眠るとされていますので、睡眠負債の実態は、脳脊髄液中の物質などではなく、大脳皮質のニューロン自体の質的変化であるという考えが台頭してきました。
覚醒を続けていると脳内のシナプス強度は強まっていく、このこと自体が睡眠負債の実態ではないかと考えられ始めました。というのも、覚醒中のニューロン活動の結果、細胞間隙に代謝に伴う老廃物が蓄積され、ノンレム睡眠中には脳脊髄液の流れがそれをクリアランスするというデータが示されたからです。
このことから、睡眠負債の実体は、ニューロン活動に伴う代謝産物である可能性が示されました。また、その他のニューロンが分泌するローカルホルモンや、活動に伴って放出する局所物質も睡眠負債の実体を構成するものである可能性が考えられます。
今後は、覚醒を続けることが、どのようなメカニズムで脳のパフォーマンスを低下させ、主観的な眠気を表現していくのか解明されることが期待されています。
記憶の定着も睡眠の重要な役割であることが、様々な実験から現象理論的に示されています。ある実験では、ラットが新規環境を探索しているときの海馬及び近傍の皮質のニューロン活動パターンを時系列的に記録し、その直後の睡眠では、新規環境探索時の神経活動パターンが海馬や皮質で繰り返されていることを確認しました。つまり、海馬ニューロン及び隣接する大脳皮質ニューロンの発火序列が、これらの脳領域中に保存され、学習直後の記憶に伴うニューロンの発火序列は、その経験直後の深いノンレム睡眠の間に圧縮された形で再現されるとしました。睡眠中はこうした海馬活動が皮質のイベントと連動して発生する傾向が見られ、これらのイベントは海馬と新皮質との間の相互作用を伴う記憶固定過程を担うものと考えられています。さらにfMRIによってノンレム睡眠中には、海馬など記憶に関する領野の賦活が確認されていることからも、覚醒中よりもある意味で高効率的に記憶の固定が睡眠中に行われていると考えられます。
2016年07月15日
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